Subsections

1 基礎方程式系

本数値モデルは水平・鉛直の 3 次元モデルである. 水平方向の座標変数を 4#4, 5#5, 鉛直方向の座標変数を 6#6 と表し, 時間方向の変数は 7#7 と表す.

1 考えている系

考えている系では, 以下のことが成り立つと仮定する.

2 運動方程式・圧力方程式・熱の式・比湿の保存式

力学的な枠組みは, 準圧縮方程式系(Klemp and Wilhelmson,1978)を用いる. この方程式系では, 予報変数を水平一様な基本場とそこからのずれに分離し, 方程式の線形化を行っている. 基本場は静水圧平衡の状態にあるものと仮定する. また気体は理想気体とみなせるものとする. 準圧縮方程式系の導出は付録 A に示す. 方程式中の変数は付録 D に示す.

Klemp and Wilhelmson(1978) では凝結性気体や凝結物を混合比で表現している のに対し, 本モデルでは比湿で表現している. 但し本ドキュメントにおける比湿とは, 通常の気象学で用いられている比湿を拡 張し, 全密度に対する任意の気体や凝結物の密度の比を指すものとする. 主成分が凝結する惑星大気を扱う際, 非凝結気体の密度を分母とする混合比を用 いると数値計算上の困難が生じる可能性がある. このことは様々な惑星大気を扱うことを目的とする本モデルにとって大きな問題 となりうる. そこで本モデルでは微量成分が凝結する系だけでなく, 主成分が凝結する系での 計算も行なえるよう, 凝結気体や凝結物を比湿で表現することにする.

本モデルでは非凝結性気体, 凝結性気体, 雲水, 雨水(氷)の 4 つのカテゴリー を想定している.

記号 意味 内容
8#8 非凝結性気体の比湿  
9#9 凝結性気体の比湿  
10#10 雲水比湿 落下速度がゼロである粒子に関する比湿.
    大気中の雲粒に対応.
11#11 雨水比湿 有意な落下速度を持つ粒子に関する比湿.
    大気中の雨粒または氷粒に対応.

12#12, 13#13, 14#14, 15#15, 16#16 をそれぞれ非凝結成分の密 度, 凝結成分の密度, 雲水の密度, 雨水の密度, 全密度とすると,

17#17     (1)

が成り立ち, 各カテゴリーの比湿は以下のように定義される.
18#18 19#19 20#20 (2)
21#21 19#19 22#22 (3)
23#23 19#19 24#24 (4)
25#25 19#19 26#26 (5)

比湿に関して
27#27     (6)

の関係が成り立つので, 非凝結性気体の比湿 28#28 については診断的に求める こととする.

各変数を基本場と擾乱場に分け, 基本場の風速, 雲水比湿と雨水比湿がゼロ であるとみなす. また基本場は水平一様であり, 静水圧平衡が成り立つと仮定する. 基本場の物理量に 29#29 を付し, 擾乱場の物理量に 30#30 を付すこと にすると, 各変数は以下のように書ける.

31#31 19#19 32#32  
33#33 19#19 34#34  
35#35 19#19 36#36  
37#37 19#19 38#38  
39#39 19#19 40#40  
41#41 19#19 42#42  
43#43 19#19 44#44  
45#45 19#19 46#46  
47#47 19#19 48#48  
49#49 19#19 50#50  

1#1, 2#2, 51#51 はそれぞれ温位, エクスナー関数, 音速であり,
52#52 53#53 54#54 (7)
55#55 53#53 56#56 (8)
57#57 53#53 58#58 (9)

である. 但し
59#59 53#53 60#60 (10)
61#61 53#53 62#62 (11)
63#63 53#53 64#64 (12)

である. 65#65, 66#66 はそれぞれ非凝結性気体, 凝結性気体の比湿の代表値, 67#67, 68#68 はそれぞれ非凝結性気体, 凝結性気体の定圧比熱, 69#69, 70#70 はそれぞれ非凝結性気体, 凝結性気体の定積比熱, 71#71, 72#72 はそれぞれ非凝結性気体, 凝結性気体の気体定数である. 65#65, 66#66, 67#67, 68#68, 71#71, 72#72 は定数である. 代表値 65#65, 66#66 73#73 を満たすよう, 実 験に応じて決める. def_R, def_Cp, def_Cv に現れる和は各凝結性成 分について取るものとする. 74#74, 75#75 は非凝結性気体と凝結性気体の 密度を重みとする定圧比熱及び気体定数の平均値であり, 本文書では平均定圧比 熱, 平均気体定数と呼ぶことにする. 本モデルでは 74#74, 75#75 は一定値であ る [*]. また状態方程式は
79#79     (13)

と表される. ここで
80#80 53#53 81#81 (14)
82#82 53#53 83#83 (15)

である. 但し 84#84, 85#85 はそれぞれ非凝結性気体, 凝結性気体の分子量である. 86#86 を平均分子量と呼び, 一定値とみなす.

以下, 基本場が満たす式を一覧する. 状態方程式は

87#87     (16)

となる. 但し
88#88 53#53 89#89 (17)
90#90 53#53 91#91 (18)
92#92 53#53 93#93 (19)

である. 94#94, 95#95
96#96     (20)

を満たす. 静水圧平衡の式は
97#97     (21)

と表される. 音波は
98#98 53#53 99#99 (22)

を満たす. 各実験では 100#100, 94#94, 95#95 を与え, basic1 - basic4, basic6, basic7 を用いてその他の基本場成分を決める.

以下に準圧縮方程式系の時間発展方程式を一覧する. 本モデルにおける予報変数は 101#101, 102#102, 103#103, 104#104, 105#105 (106#106) である. 密度の式では乾燥成分と湿潤成分の分子量の差を考慮するが, 熱の式では考慮し ない. 凝結量は気相質量に比べて十分少ないと仮定する.

運動方程式

107#107 19#19 108#108 (23)
109#109 19#19 110#110 (24)
111#111 19#19 112#112  
    113#113 (25)

圧力方程式

114#114 19#19 115#115  
    116#116  
    117#117  
    118#118  

熱の式

119#119 19#19 120#120  
    121#121 (26)

比湿の保存式

122#122 19#19 123#123  
    124#124  
125#125     (27)

このとき def_qa は 106#106 の 3 相に関する式となる. 126#126, 127#127, 128#128 はそれぞれ凝結加熱, 放射加熱, 散逸加熱による温度変化率を表し, 129#129, 130#130 はそれぞれ生成項, 落下項を表す. 129#129, 130#130, 126#126 の定式化については 1.2 節で詳述する. 127#127 の定式化については 1.3 節で詳述する. 128#128, 131#131 の定式化については 1.4 節で詳述する.

3 雲微物理過程のパラメタリゼーション

本モデルでは Kessler(1969) のパラメタリゼーションと Tobie et al.(2003) に基づくパラメタリゼーションの 2 種類が用意されている[*].

1 Kessler(1969) の雲微物理パラメタリゼーション

Kessler(1969) のパラメタリゼーションでは 4 つのカテゴリーを想定し, 微物 理素過程として以下を考慮する. ただし, これらの量は全て正の値として定義され, 水蒸気が直接雨水に凝結する過程は無視されている.
記号 内容
132#132 凝結による水蒸気から雲水への変換 (condensation)
133#133 蒸発による雲水から水蒸気への変換 (evaporation)
134#134 蒸発による雨水から水蒸気への変換 (evaporation)
135#135 併合成長による雲水から雨水への変換. 併合や水蒸気拡散により,
  雲粒子が雨粒の大きさにまで成長する (autocondensation)
136#136 衝突併合による雲水から雨水への変換.
  大水滴が小水滴を衝突併合する (collection)
137#137 雨水の重力落下に伴う雨水混合比の変化率 (precipitation)

この微物理素過程を用いると, 生成項, 落下項, 凝結加熱項は以下のように表さ れる.

138#138 19#19 139#139 (28)
140#140 19#19 141#141 (29)
142#142 19#19 143#143 (30)
144#144 19#19 145#145 (31)
146#146 19#19 145#145 (32)
147#147 19#19 148#148 (33)
149#149 19#19 150#150 (34)

def_theta, def_qa を書き直すと, 以下のようになる.

119#119 19#19 151#151  
    152#152 (35)
153#153 19#19 154#154  
    155#155 (36)
156#156 19#19 157#157  
    158#158 (37)
159#159 19#19 160#160 (38)

ここで, 161#161 は水の蒸発の潜熱[J kg162#162], 163#163 は定圧比熱[J K kg162#162] である.

微物理素過程は以下のように定式化する.

水蒸気と雲水の間の変換: 164#164
 
雲水は粒が小さく, 水蒸気との間で瞬間的に飽和調節が起こるもの とする. すなわち, 移流などの項を計算した後の温度と水蒸気量が 過飽和状態となっている場合には, ちょうど飽和になる量の水蒸気 を凝結させる. 一方, 移流などの項を計算した後に, 雲水が存在す るにも拘わらず未飽和になっている場所では, ちょうど飽和になる 量の雲水を蒸発させる.

雲水の併合成長: 135#135
 
Kessler (1969) に従って, 以下のように与える.
    165#165 (39)

ただし, 166#166, 167#167 は併合成長に関する閾値, 時間スケールであり, それぞれ 0, 100 [s] とする.

雲水の衝突併合: 136#136
 
Kessler (1969) に従って, 以下で定式化する.
    168#168 (40)

雨水の蒸発: 134#134
 
Kessler (1969) に従って, 以下で定式化する.
169#169     (41)

ただし 170#170 は飽和比湿を表す.

雨水のフラックス: 137#137
 
雨水の重力落下による混合比の変化率は,
171#171     (42)

であり, 雨水の終端落下速度 172#172 [m s162#162] は
173#173     (43)

で与える. ただし 174#174 は液相の密度である.

各々の微物理過程の導出については, 付録 C を参照されたい.

2 Tobie et al.(2003) の雲微物理パラメタリゼーション

Tobie et al.(2003) は火星大気での CO175#175 の雲物理の定式化について述べ ている. Tobie et al.(2003) では雲水を除く 3 つのカテゴリーを考える(176#176). 雲粒は拡散成長のみによって成長すると仮定し, 雲粒の併合成長は考慮しない. 微物理過程として以下を考慮する.

記号 内容
177#177 凝結による水蒸気から氷への変換 (condensation)
137#137 氷粒の重力落下に伴う氷比湿の変化率 (precipitation)

この微物理素過程を用いると, 生成項, 落下項, 凝結加熱項は以下のように表さ れる.

138#138 19#19 178#178 (44)
142#142 19#19 179#179 (45)
144#144 19#19 145#145 (46)
147#147 19#19 148#148 (47)
149#149 19#19 180#180 (48)

def_theta, def_qa を書き直すと, 以下のようになる.

119#119 19#19 181#181  
    152#152 (49)
153#153 19#19 182#182  
    183#183 (50)
159#159 19#19 184#184 (51)

ここで 185#185 は CO186#186 の昇華の潜熱 [J K162#162 kg162#162] である.

以下, 177#177 の取り扱いについて述べる. 本モデルでは単位質量の気相に含まれる凝結核の個数及び半径は空間的・時間的 に一様と仮定する. また雲粒の半径は各格子内において空間的に一定であると仮定する. 更に雲粒は球形の凝結核を核として形成され, 雲粒自身も球形となると仮定する. このとき

187#187 (52)

という関係式が成り立つ. ここで 188#188 は CO186#186 氷の密度, 189#189 は雲粒半径, 190#190 は凝結 核の半径, 191#191 は単位体積当たりの凝結核の数密度である. 本モデルでは 192#192 [kg/m193#193] と与え, 190#190, 191#191 は実験に応じて与える. 雲粒の雲粒が拡散によって成長する場合の単位時間単位体積当たりの凝結量 177#177 は以下のように表される.
194#194 (53)

ここで 195#195, 196#196, 197#197 はそれぞれ熱輸送に関する定数, 質量輸送に関する 定数, 飽和比であり
198#198 19#19 199#199 (54)
200#200 19#19 201#201 (55)
202#202 19#19 203#203 (56)

と表される. 但し 204#204, 205#205, 206#206 はそれぞれ熱拡散係数, 分子拡散係数, CO186#186 の 飽和蒸気圧である. 本モデルでは Tobie et al. (2003) 同様に主成分凝結系では 207#207 と して
208#208 (57)

と表す. CO186#186 の飽和蒸気圧については半経験式である Antoine の式
209#209 (58)

を用いて定める(Antoine, 1888). ここで 210#210, 211#211, 212#212 は実験により定まる係数であり, CO186#186 の場合 213#213, 214#214, 215#215 である(化学工学会, 1999). 火星大気環境における凝結を想定すると 216#216[K] であるので, 217#217 と近似して
218#218 (59)

とする.

以下, 単位時間体積当たりの雲粒落下量 219#219 の取り扱いについて述べる. Tobie et al.(2003) では雲粒落下を無視しているが, 本パラメタリゼーション では考慮する. 219#219 は Kessler(1969) と同様に, 雲粒の終端速度 172#172 での移流 として表現する. 即ち

220#220 (60)

と表す. 終端速度 172#172 については球形粒子に関する Stokes 則を適用して
221#221 (61)

と表す. ここで 222#222 は微小な粒子における Stokes 則からのずれを補正する係数 (Cunningham 補正係数)であり,
223#223 (62)

と表される(Cunningham, 1910). 224#224 は CO186#186 の平均自由行程であり,
225#225 (63)

と表される. 226#226 は Boltzmann 定数, 227#227 は CO186#186 分子の直径, 228#228 は CO186#186 の分圧であり, 229#229 [m230#230 kg s231#231 K162#162], 232#232 [m] である(Golden and Sircar, 1994). 233#233 は粘性係数であり, Sutherland の公式
234#234 (64)

で表現する(Sutherland, 1893). 235#235, 236#236, 237#237 はそれぞれ粘性係数の基準値, 温度の基 準値, CO186#186 に関する Sutherland 定数であり, 238#238 [Pa 239#239 s], 240#240 [K], 241#241 [K] と与 え る(理科年表, 2004).

4 放射加熱項の表現

放射加熱項 127#127 は正味の上向き放射フラックス 242#242 を用いて 以下のように表される.

243#243

本モデルでは 242#242 は陽に計算せず, 127#127 は高度のみに依存する パラメタとして与える.

5 乱流混合のパラメタリゼーション

1 運動方程式中の拡散項

Klemp and Wilhelmson (1978) および CReSS (坪木と榊原, 2001) と同様に, 1.5 次のクロージャーを用いることで粘性拡散項は以下のように書ける.
244#244 19#19 245#245  
  19#19 246#246 (65)

ここで 247#247 は運動量に対する乱流拡散係数であり, 248#248 は サブグリッドスケールの乱流運動エネルギー
249#249     (66)

である. Deardorff(1975) に従い, 250#250 とする.

2 熱力学の式の拡散項

Klemp and Wilhelmson (1978) および CReSS (坪木と榊原, 2001) と同様に, 1.5 次のクロージャーを用いて温位の粘性拡散項を表現する. 雲が存在しない場合,
251#251 19#19 252#252  
  19#19 253#253 (67)

と表し, 雲が存在する場合,
251#251 19#19 252#252  
  19#19 254#254 (68)

と表す. ここで 255#255 は温位に対する乱流拡散係数, 256#256 は相当温位である.

3 乱流運動エネルギーの式

Klemp and Wilhelmson (1978) および CReSS (坪木と榊原, 2001) と同様に, 1.5 次のクロージャーを用いて, 乱流エネルギーの時間発展方程式を表現する [*]. 雲が存在しない場合,

257#257 19#19 258#258  
    259#259  
    260#260  
    261#261  
    262#262  
    263#263  
    264#264 (69)

となる. また雲が存在する場合,
257#257 19#19 258#258  
    265#265  
    266#266  
    267#267  
    260#260  
    261#261  
    262#262  
    263#263  
    268#268 (70)

となる. ここで 250#250, 混合距離 269#269 とする. ただし 270#270 は格子間隔である.

4 散逸加熱項の表現

散逸加熱項 128#128 は, 乱流運動エネルギーの散逸項をもとに, 以下のように与える.

271#271 (71)

ここで 272#272, 273#273 である.



Footnotes

... る[*]
76#76, 77#77, 78#78 が大きく 変化する系では物理的に意味のある計算が保証されない.
... 種類が用意されている[*]
現在, 本モデルで用意されている Tobie et al.(2003) のパラメタリゼーション は火星大気計算でのみ使用可能である.
... 乱流エネルギーの時間発展方程式を表現する[*]
乱流運動エネルギーの時間発展方程式の導出に関しては, 付録 B を参照された い.
Yamashita Tatsuya 2010-04-28